洋楽好きの音盤銘盤

やっぱり洋楽は60年代が格好良い

【音盤銘盤】『アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡』(The Kinks) '69

The Whoの『トミー』とともにロック・オペラの先駆けとなったアルバム。イギリスのごくありふれた人物「アーサー」を中心に据えて、家族、体制、歴史を描いた大作。


アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡
(2000/04/21)
ザ・キンクス

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前作「ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ」は商業的には目覚ましい成果を得る事はできなかったものの、Rayのコンセプト・アルバムに対する情熱は冷める事はなかった。翌年制作されたこの「アーサー〜」ではアーサーと言う名のごく普通のイギリス人の視点を通してイギリスの社会、家族のあり方を歌に綴る事になった。身近な生活感のある視点で歌詞を書いているので、日本人でも理解できる普遍的なテーマを持っている。

"Victoria" 軽快なリズムのギターでこのアルバムは始まる。19世紀後半のヴィクトリア王朝時代の大英帝国の絶頂期についての歌である。世界の海を支配し、多くの植民地を持っていた時代をテーマにRayが軽やかに歌い上げている。

"Yes Sir, No Sir" 国家に対する忠誠心をなんとも淡々と歌い上げる曲。イギリスも(無論日本もそうだが)こういう時代があったのである。「野心は捨てろ。国の為に働け。」というテーマは21世紀の現代だからこそ、いま一度振り返って考え直さなくてはいけない問題である。こういう問題を60年代後半に正面切って歌にしたRayの姿勢はもっと評価されるべきだと思う。

"Some Mother's Son" チェンバロやストリングを多用した長閑なメロディーの曲。しかしながら歌詞は反戦をテーマにした大層なものである。「戦地で亡くなるのは誰かの母親の息子」というのは衝撃的である。

"Drivin'" 重苦しい話題が続いたので、ここでひと休憩といったところか。「仕事なんか放り出してドライブにでも出かけよう」と唐突に歌うところがRayの面白い点。Daveのギターも冴えている。

"Brainwashed" R&B風の軽快なナンバー。しかしここに歌われているテーマは官僚制度の中でそうとは知らずに動かされている人々のことである。「本当の人間のように見えるけれど、自分の心をもっていない。」という歌詞にはRayの鋭い社会に対する批判的な視点を窺い知ることができる。この時期以降、曲調は軽快でありながら、ジョージ・オーウェルの「1984」を地でいくような冷徹なテーマを歌うギャップがKinksの専売特許になっていくが、その代表曲とも言える。

”Australia” アーサーの一家はイギリスを逃れてオーストラリアへ移住する。「アメリカみたいにサーフィンをするのさ。天気のよいクリスマスの日に。」と何とも能天気で希望に満ちあふれた歌詞が並ぶ曲。

Shangri-La” このアルバムのテーマを代表する曲。「ついに自らの理想郷を見つけた。ロッキングチェアでくつろいでいればいい。」とマイホームを手に入れた主人公の労をねぎらうかのような曲。アコースティックギターで囁くように歌い始め、途中からホーン・セクションが加わり盛り上がっていくと、最後はDaveのバックコーラスやドラムがリズミカルにはいって大円団を迎える壮大さはこのアルバム随一のものである。

"Mr. Churchill Says" チャーチルとは言うまでもなく、第二次世界大戦中にイギリスの首相を務めた人物。戦争の正当性を淡々と訴えかけるかのように歌っているかと思うと、中盤以降サイレンの効果音が鳴り響き、ギターのリズムがせわしなくなっていくところが印象的。

"She Bought A Hat Like Princess Marina" 王妃がかぶるような帽子を買った女性は、社交界には全く縁がなく普段家で掃除をする時にその帽子を身につける。首相がかぶる様な帽子を買った男はロールスロイスには縁がなく、あくせく毎日働き詰めである。こういった庶民の生活に暖かいまなざしを送る所がRayらしい。取るに足らない庶民の視点で曲を書く点もKinksの真骨頂である。この姿勢は後の世代のPaul WellerElvis Costelloにも受け継がれていく事になる。

"Young And Innocent Days" 主人公の若くて無邪気だった日々を振り返る様にして歌う逸品。チェンバロの優しいリズムが心地よい。

"Nothing To Say" 年老いた父親へ大人になった息子が問いかけるようにして歌い上げるこのアルバムの隠れた名曲。でも語る事は「体の具合はどう?」とか「保険に入ってる?」とか他愛ない話ばかりで実はそんなに聞きたい事もなかったりする、そんな微妙に気まずい親子の機微を巧く描き出している歌詞にRayの才能の凄さを感じ取ることができる。

"Arthur" 軽快なギターのリズムに乗って、このアルバムの主人公アーサーの人柄が描かれる。「アーサーは労働者階級に生まれたごく普通の男。若い時は野心もあったが、大きな決断を下す人間たちに不意をつかれてきた。」「人生がもっと楽なものだったらよかっただろうに。もっと平等で誰にでも十分なものがあったなら。」と主人公に対して同情する様な、励ます様な調子で歌っている所が印象深い。

ちなみにこのアルバムの主人公、アーサーはRay Daviesの義理の父親のエピソードに基づいている。この人物、実際に60年代初頭にオーストラリアに移住しているのである。年代を考慮すると、二つの大戦と戦後社会の変動に翻弄されていたのは想像に難くない。こういった自らの日常の中から曲作りのヒントを見いだして作品にする所にRayの優れた才能があると思う。

音楽面での変化としてオリジナルメンバーだったベーシストのPeter Quaifeが脱退し、John Daltonが正式メンバーとして加入した。(以前からPeter不在時の代打として演奏する事はあったそう。)この影響もあってかアルバムを通じてリズミカルな曲が増えた印象がある。アメリカでも発売当初は好意的な評価を得る事ができ、アメリカ国内でのバンド活動の再開につなぐ事ができたのは、Kinksのキャリアにおいて大事なターニングポイントと言える。(Kinksは1965年から全米音楽連盟なるものからアメリカ国内での音楽活動停止を言い渡されていた。この件はおいおいこのブログでも書こうと思う。)