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【音盤銘盤】『ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第一回戦』(The Kinks) '70

久方ぶりのヒット曲"Lola"と共に、コンセプト・アルバムとして音楽業界の顛末を綴ったKinksの代表作。


ローラ対パワーマン、マネーゴーランド組 第一回戦ローラ対パワーマン、マネーゴーランド組 第一回戦
(2000/04/21)
ザ・キンクス

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68年の「ヴィレッジ・グリーン〜」、69年の「アーサー〜」に続いてリリースと併せてパイ・レーベル時代のコンセプト・アルバム三部作とも言える中で、3枚目に相当する当作品。作詞・作曲を一手に担っていたRayにとっては渾身の作なのであるが、商業的にはあまりパッとしない状況が続いていた中で、後年"You really got me"と並ぶ代表曲となる"Lola"が収録されているのがこのアルバムのハイライトと言える。他の曲も決して凡作ではなく、フォーク調の洗練された曲に乗せてKinksおよびRayを取り巻く音楽業界の悲喜交々を歌い上げている所もこのアルバムの特徴。

"The Contenders" バンジョーアコースティックギターの長閑なフレーズで始まったかと思うと、中盤から急激にアップテンポのリズムに変わる所がアクセントになる。野心のある若者が自由と成功を目指すテーマの歌詞は、恐らくRay本人のデビュー当時の心境を重ね合わせたものに違いない。Rayの自叙伝がこのアルバムのコンセプトとなっているのが分かる。

"Strangers" 弟Daveの作詞作曲の曲。ヴォーカルも勿論Daveである。見知らぬ土地を旅する2人の心境を淡々と歌い上げる逸品。フォーク・ギターの平坦なリズムが心地よい。

"Denmark Street" タイトルはロンドンの音楽業界が集まる通りの名前である。音楽レーベルに採用されて曲を売り出す顛末を皮肉っぽく歌っている。「君の音楽は酷すぎるし、髪が長過ぎるけど、判断を誤りたくないから採用しよう」「曲は最悪だし、歌詞もだめだけどとりあえず契約して様子を見ようじゃないか」とか何とも当時の業界のぞんざいな感じが見て取れる。Rayもデビュー前に随分な扱いを受けてきた事が容易に想像できて興味深い。

"Get Back in the Line" オルガンの切ないメロディーが印象的なナンバー。ところが歌詞の内容はいたって切実というか切羽詰まったものである。「組合の男は僕の生活を支配している。僕の生き死に、飢えるか食べられるかを決めるのはあの男なんだ。」とは身も蓋もない心境である。当時のKinksの退っ引きならない状況を曲にしたと言える。実は、このアルバムがリリースされる直前までKinksは3年間に渡ってアメリカの音楽業界から「プロにあるまじき行為」とか「職業上の倫理に反する振る舞い」をしたかどでアメリカ国内での活動を禁止されていたのである。恐らく、そういった状況を反映した歌詞と思われるが、一体何をやってアメリカの音楽業界から出入り禁止をくらったのか非常に気になる所である。Kinksに関する資料をあたる限りでは「ステージ上でガムを噛んでいた」とか「未払いのギャラの請求をした」とか「テレビのインタビューで勝手に自らの性癖について話した」とか様々なエピソードがあるが、多かれ少なかれ当時のグループの言動は似たり寄ったりだったのではなかろうか。恐らくStonesの方が余程乱暴狼藉を働いていたのではないかと推測できるのであるが、如何なものか。何故にKinksだけが活動停止といった厳しい処分を受けたかについては機会を改めて検討したい所。

"Lola" Kinksを代表するヒット曲である。久々の全英、そして全米でヒットチャートに上った代表作。ライヴでは絶対に外せない曲なのだが、歌詞は何ともひねくれている。コカ・コーラと韻を踏んだり、Lolaと名乗る女装趣味の男に出会ったりとアメリカの退廃的な俗っぽさが全面にフィーチャーされている。T-RexDavid Bowieのようなグラム・ロックが流行しつつある状況も視野に入れて創られたものと思われるが、そういった時代の流れを意識した作風が大ヒットにつながったのではないか。

"Top of the Pops" 一昔前のディスコサウンドのようなギターで始まるキャッチーな曲。歌詞もヒット・チャートにまつわる人間模様を巧みに表現している。「25位で初登場。生きてて良かった。」「メディアがインタビューしたいそう。政治観や宗教観について聞きたいだとさ。今レコードはNo3」「一度も会った事がないのに友達だという奴が現れる。」「売れるとみんなが愛想を良くする。でも落ちたら見向きもされないのさ。」と業界の縮図を歌い上げるRayはソングライターの才が一流である。

"The Moneygoround" アルバムのメインテーマである音楽業界の人間描写の中でも最も核となる「金は天下の回りもの」を地でいく曲。当時のマネージャーを実名で歌詞に挙げている所にRayの不満が表れている。当時のレコード契約の杜撰さが歌詞に出ていて、如何にRayの様なミュージシャンが煮え湯を飲まされていたかが分かるエピソード多数である。「金を手に入れる頃には、使えない程もうろくしているだろう」は彼の本音である。

"This Time Tomorrow" 洗練されたアコースティックギターと飛行機の効果音が特徴的なフォーク調の端正な曲。飛行機に乗って今どこにいるかも分からず移動させられている姿が容易に想像できる。ライヴツアーで世界中を飛び回っていた際の心情が歌詞に表現されている隠れた名曲である。個人的にはこのアルバムの中で1番好きかもしれぬ。

"A Long Way From Home" 幼少の頃を回想するかのようにして歌い上げる小品。しかし歌詞はなかなかシビアである。「財産は君を強くはしない。故郷への道はまだ遠い。」とはRayが自身に言い聞かせているのかもしれない。

"Rats" このアルバム2曲目のDaveの曲。「ネズミどもが怒りや恨みを増殖させ、役にたったためしがない」と神経症的に歌うのが強烈なインパクトを出している。ギターをヒステリックに搔き鳴らしたり、かなり情緒不安定な体で歌うDaveが何だか面白い。ファンやマスコミに追いかけ回された不安や不満が曲に表れている。

"Apeman" ロックのような音楽では社会に対する抗議や、文明に対する批判は比較的メジャーなテーマとして取り上げられる事が多いのだが、ここまで飛躍した発想を持つ曲も珍しいのではないか。「僕は猿人。大空に居座る太陽やうねっている雲や昆虫に比べれば僕は猿人なのさ。」と生き物以外を視野に入れて歌詞にする所は非常にユニークな気がする。

"Powerman" 音楽業界の悲喜交々の中から行き着いた先がここにあると言える。タイトルはずばり「権力者」の事である。「権力者は喧嘩をしない、銃はいらない、金さえあればいい。」とは蓋し名言である。世の中を操っているものは何かを極めて冷徹、かつ明快に描いているRayの人間観察の真骨頂がここにあるといって良い。当時Rayはまだ20代半ばだった筈だが、こんなに老獪な視点を持っていたのには驚く。筆者は高校生の頃にこの曲をよく聴いていたが、自己の価値観とか思想を形成するにあたってかなり影響を受けたといっても過言ではない。大学生、社会人と時を経てもこの曲にある視点が少なからず影響している気がするのは決して大げさじゃないだろう。

"Got to Be Free" アルバムの最後に行き着いた先が「自由に向かって」である。でも自由な生き物の例えに昆虫やノミや蜘蛛を取り上げている所がひねくれていてRayらしい。

このアルバム、"Lola"が大ヒットしたお陰で商業的に苦境に立たされていた状況から一矢報いる事ができた点で非常に評価すべきであるが、それ以上に大事なのはグループの周囲のマネージメントやらレコード会社やらのゴタゴタした人間関係が露骨に歌詞に表れている所である。当時のグループの多くがブームの中で様々なゴタゴタに巻き込まれていたのであるが、これほど混沌とした状況を冷めた視点で淡々と曲にして歌い上げたミュージシャンはそういないのである。そういった意味でKinksのアルバムの中でも傑作としてもっと評価されるべきであると思う。70年代に入ってますます「コンセプト・アルバム」という概念にRayは捕われていってマニアックな作品を創作していく事になるが、そこまで深く突っ込んだ形にならずにストレートに表現している分かり易さもまた良い。